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海水浴

Originally uploaded by yostos . また、毎年恒例の一松海岸。 今日は曇りだと油断していたら、ひどい目にあった。

受験の神様

日テレで放映されている『 受験の神様 』 先日、会社帰りに会社の裏で突然「ロケやってるんでちょっと通行待ってもらえますか」と制止された。2分程足止めを食って、その後橋を渡ろうとしたらTOKIOの山口達也と差し出された傘の下でメイク直しをされている成海璃子がいた。 その場面が今テレビでやっていた。 まぁ、ちんけな橋なんだけど永代橋が背景に入って夜はいい感じになるのでロケも多いのだろう。

フリスク・オリジナルケース

わたしは フリスク のフリークだ。そう、カネボウ(今はクラシエか)が輸入しているあのベルギー製ミントタブレット。 5月までやっていた『 フリスクオリジナルケース プレゼントキャンベーン 』に応募していたのを忘れていたが、2つ送られてきた。 思ったより立派なケースで重厚なアルミかステンレスのようでしっかりとした作り。ちりばめられているスワロフスキー・クリスタルの輝きも安っぽさがなく見事。当たったのはライトローズとエメラルド。どちらもベリーミントやユーカリミントにマッチしそうな色だ。(ちなみに、フリスクはユーカリミントかベリーミント > スペアミント > ペパーミント > ライムミント の順で好き) ただ、重い。 有名ブランドがレザーのケースを販売しているが、レザーならまだしもこのケースは金属なので本当に重い。チェーンがついているが、これを首から下げるという行為はかなり疑問。WILLCOMのNineより重そうな感じだ。どうしようかな〜

スバル水平対向エンジン40年の歴史 - EA-41からSUBARU-M.M.まで

スバル水平対向エンジン40年の歴史 ―EA-41からSUBARU-M.M.まで posted with amazlet on 07.07.24 矢吹 明紀 山海堂 (2007/05) 売り上げランキング: 123554 Amazon.co.jp で詳細を見る 今やスバルのアイデンティティとなった水平対向エンジンについて、その誕生から現在に至る歴史を綴った本。 特徴となっているエンジンを主軸に、スバルの独自性やレガシィに至る技術面からの理解がまとめられている。。特に、前輪駆動(FF)の日本での先駆となったスバル1000でこのエンジン形式に至った初期の頃の日本でも有数の技術者集団のチャレンジ、その優れたアーキテクチャー故に20年も長らえ逆に時代遅れとなったときのレガシィでのブレイクスルーなどは読み物としても非常に面白い。また、冒頭の航空機時代から遡って記述されたスバル以外も含めた水平対向エンジンの歴史はスバルオタクには目新しいだろう。 一方で、スバル以外のエンジンの歴史は書籍の比重としてはページを割きすぎている。また、エンジンだけではなくトランスミッションや駆動形式まで話が及んでしまうのは仕方がないかも知れないが、一般的な「スバルの歴史」になりがち。それは巻末に上げられた参考資料を見ると、個人的には目を通したものが多いためか「新しい内容がないのではないか?」と思えてしまう。 エンジンに独自性を置くスバルだからできた書籍だと思うが、こういった視点で自動車メーカーの技術と歴史に切り込んでいくアプローチはユニークであるし資料的に貴重だと思う。 スバルファンならば買いましょう。

bonze

bonze Originally uploaded by yostos . こんばんわ〜 何故か笑いが欲しくて、息子を五分刈りにしてみました。 何だか妙に似合っていて、思ったより笑えませんでした。

ミニカー

マイカーのミニカーは何となく欲しくなる。 レガシィはワゴンのミニカーはあるが、セダンであるB4のミニカーはほとんど見かけない。先代のB4のRSKなどはミニカーが存在するようだが、4代目のB4はまったくない。 と思っていたら7月に 京商 から、J-Collectionシリーズとしてリリースされたらしい。早速注文したが、問屋でももう品切れらしくなかなか見つからない。 やっと見つけたものが写真のホワイトのB4。もっとも、うちの3.0Rでなく、2.0 GTのようだ。タイヤやマフラーなどの質感もなかなかそれらしく良い感じ。

石穴神社

小学生の頃、現在の福岡県太宰府市に住んでいた(当時は筑紫郡太宰府町)。 当時電車通学で西鉄大宰府線の五条駅から隣の太宰府駅にある太宰府小学校まで通っていた。が、道草の鬼のような子供だったので、当然帰りは電車で帰らず「山道」と呼ばれていた山側の道をテクテクと歩いて帰っていた。途中までは普通の住宅地だったが、途中から「山道」に変わる。その入り口にそれはあった。 石穴神社である。 稲荷神社のようで、中に入ると赤い鳥居が延々と立ち並びお稲荷様があちこちにある。その様子は、小学生にはちょっと怖い。しかも、そこから先は「山道」なのだ。まさにそこに一種の結界があるように感じていた。 しかも、神社の奥に行くとその由来と思しき石穴がある。実際には稲荷神社として成立する以前から古い歴史があるような雰囲気。実際、ここが天の岩戸や日本書紀だかなんだかにある石穴であると主張する歴史学者もいたらしい。 今日は、なんとなくこの神社を思い出した。 そこで検索してみたら昨年撮影された神社の様子を掲載している 人生色々 というBlogの記事「 石穴神社 」を発見。 いやぁ、Google Earthで確認して何も変わっていないなぁとは思っていたが、やっぱり当時のまんまだな。 ちなみに、石穴神社が実家という 吉嗣敬介さん の論文を見つけたので以下にリンクを掲載しておく。 吉嗣敬介 論文倉庫